2014-11-1-thumb-180xauto-333.jpg

2015年08月08日

Mesaの日記;僕は、高くて綺麗なギターは使いたくない...

023.jpg

僕は、楽器の見た目の美しさが表現の幅を狭めている様な気がします。
派手な虎目や鮮やかな塗装は、見ているだけである種のモチベーションを上げてくれるでしょう。
そして、そういった物の多くが高価であったりするために、買ったからには上手くならなくてはと思う方も多いようです。

しかし、そういった楽器はいつまでたっても綺麗なままだったりします。
僕も、様々な場面でそういった方々の楽器を見せていただきますが、まぁ綺麗です。
つまり、大事にされているんだと思います。

しかし、その大事にする気持ちが表現の幅を狭めている場合が結構あるのではないかとも思います。

僕は貧乏性ですので、ハイエンドの楽器を使っていた頃は、楽器をかばい過ぎて弾くことに集中出来ない場面が多々ありました。
僕のいつも使っているストラトはキズだらけです。僕が使っているギターはみんなボロボロになります。
しょっちゅうJamに行き、旅行に行く時も一緒に行くのでキズも増えます。

つまり、かばわずに使用していたら、あのハイエンドギターもボロボロになっていたかもしれません。
しかし、精神的にそうなるのは許せませんでした。だって綺麗だったし。。高かったし。。。
そして、以前にも書きましたが、僕なりのハイエンド物への不満もあったので、それ以来その手の楽器を使うことはなくなりました。

楽器への考え方や使い方は人それぞれだと思います。
しかし、楽器をかばっているうちは、楽器が道具になりきれていないのではと感じます。
そして、かばっているうちは自己を表現しきれていないかと思います。
そして、これは良い物とされているブランドやモデルの高価で美しい楽器達に起こりがちな問題ではないでしょうか?

極薄ラッカー塗装は、簡単にキズがつき打痕にもなりやすいです。
ピカピカに磨き上げられたボディー・パーツは小さなキズも目立ちます。
特殊な材・パーツ類を使用していては、壊れたからといって簡単には交換出来ないでしょう。
家から持ち出して、盗難にでもあったら大変です。
気にし始めるとキリがないです。。。

また、道具になりきれない故に、リペア・調整にも出されずフレットやナット周りの不良がそのまま放置され、更には状態の悪化という悪循環も生んでいると思います。
実際、そういった楽器を僕はいっぱい知っています。

必死に貯めたお金で買った最高であるはずの楽器が、自分の表現の幅を狭めている。
そして、結果として楽器として存在している意味を薄めているのではないかと思います。
これは非常に皮肉なことだと思います。

貧乏性とは厄介な性分だと感じます。。。
しかし、同時に楽器に求められるのは機能美なんだと強く感じます。
だから、僕がストラトキャスターを選んだのかもしれません。
僕は、これからも自分のボロボロのストラトを、何度もフレットの擦り合せ・ナット交換・リフレットを繰り返し、ガンガン使い続けたいと思います。
タグ:Mesaの日記
posted by Mesa at 16:48| Comment(0) | 修理 / Mesaの日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: